仙台高等裁判所秋田支部 昭和24年(ネ)46号 判決
この判決は、原判決主文第一項に関する部分に限り被控訴人において担保として金三万円又はこれに相当する有價証券を供託するときは仮に執行することができる。
二、事 実
控訴人及び控訴代理人は合式の呼出を受けながら本件各口頭弁論期日(最終は昭和二十五年三月十日午前十時)に出頭しない。
控訴状及びその補正の申立書によれば、控訴人の控訴の趣旨は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求めるにあるというのである。被控訴代理人は控訴棄却の判決及び担保を條件とする仮執行の宣言を求めた。
被控訴代理人の事実上の陳述は、
一、控訴人がもと本件建物に隣接する平家建の住家の所有者訴外西沢武夫からこれを賃借して住居していたことは認めるが、その賃貸借の内容は知らない。
二、被控訴人は、昭和二十二年十二月中訴外西沢茂夫から控訴人の住居していた平家建住家並びに隣接の横谷永太郎、小田切礼子、小泉きみの住居する本訴二階建家を買い受け、昭和二十三年三月一日その所有権移轉登記を受け、同月末頃右住居者に対しそれぞれ家屋の明渡を求めた。
その後右横谷永太郎、小田切礼子は右住家を立ち退き、階下全部及び二階のうち一室が明いたところ、控訴人は、被控訴人に無断勝手にこれに占拠したのである。
三、被控訴人は、昭和二十二年九月十四日控訴人に対し念のため同月二十日までに本件賣買に因る所有権移轉登記と同時にその賣買代金の支拂をなさないときは本件賣買契約を解除する旨の意思表示をなしたのである。しかるに、被控訴人は右九月二十日に右賣買に因る所有権移轉登記書類を持つて所轄登記所(青森司法事務局弘前出張所)に出頭し退廳時までいたけれども、控訴人は同所に來ないばかりでなく同日までに右代金の支拂を爲さながつたものである。
と補正陳述した外原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。
控訴人は、原審においても合式の呼出を受けながら準備手続及び口頭弁論の各期日に出頭しなかつたけれども、昭和二十三年十月十七日附答弁書を提出しているので、これを陳述したものとみなすべきである。
右答弁書によれば、控訴人の答弁は、
一、被控訴人の建物についてその主張のような賣買があつたこと及び控訴人が本件建物(原判決主文掲記)を占有していることは、いずれもこれを認めるが、右占有が被控訴人主張のように不法であることは否認する。
二、控訴人は、昭和七年四月五日訴外西沢茂三郎からその所有にかかる弘前市大字新町五十六番地の一号平家建亞鉛塗鉄板葺十七坪七合五勺を借り爾來十有七年間これに居住して來たのである。控訴人は、その借家の際訴外西沢茂三郎と特別懇意な間柄であつた関係上家賃は時價の半額にも満たぬ金七円とし、そのため該家屋の疊替、襖の張替、土台替その他一切の修繕経費は借家人たる控訴人の負担とし殆んど自己所有家屋同様の感情を以て家屋を修理し、清掃して生活を続けて來たのである。而してその家賃も昭和七年借家契約当時の月額七円は昭和十二年八月二十五日控訴人が應召の際金四円に引き下げ、昭和十四年一月三十一日召集解除となつて金七円に復活し、更に終戰前後インフレ昂揚によつて諸税負担等増加したため、昭和十九年三月金十円に、昭和二十年九月金二十円に、昭和二十一年一月金二十五円に、昭和二十二年一月金三十五円に、同年八月金六十円に、同年十月百円に順次増額して昭和二十三年一月までその支拂を続けて來たのである。
三、しかるに、訴外大高敬三は、昭和二十三年一月中旬控訴人に対し右家屋を買受けたといつて明渡を求めたが、控訴人は、立退先もないので、訴外大高敬三といろいろ交渉を重ねてそのまま居住を続けたところ、被控訴人は、同年五月上旬控訴人の畑地に來り、何等の申出もなく耕作を始めたので、控訴人家族一同大いに強怖し、控訴人も心痛のうえ右家屋を買い受けようと考え、控訴人が訴外古川美保外数名と共に経営している中央産業社に対し融資を懇請した結果同社に青森マーケツトの権利金が入つたら控訴人の買い受くべき家屋を抵当として金十七万円を融資するとの承諾を受けたのである。これより前被控訴人の代理人たる訴外大高敬三は再三控訴人に対し右家屋の明渡を求めて來たが、結局同人は「右家屋を十七万で賣つてもよい、しかし隣家(本件家屋)及び表口の宅地全部ならこれを賣つてよい。」と話したので、控訴人は家族と協議の末本件家屋及びその敷地を代金十七万円で買い受けたものである。当時本件家屋の二階には控訴人の十数年來の親友であつた故陸軍中尉小泉平八の未亡人訴外小泉きみ及びその娘二名の三人家族が居住していたが、被控訴人の代理人訴外大高敬三は右小泉きみに対しても立退を強要していたので同女の依頼もあり右賣買の決心をしたのである。しかるに、前記中央産業社の青森マーケツトは引揚者、戰災者の零細商人が相手であり、昭和二十三年春以來の金融不円滑経済界の諸状勢に押され青森マーケツトの権利金の入金も難しくなつたので、控訴人は、訴外弘前無盡株式会社に対し融資の交渉を重ねたがまとまらず、被控訴人からは、代金支拂の遅滞により前記賣買契約を解除し、右遅滞による損害金二万円を加えて代金を十九万円とし新規契約をせよと要請されるに至つたのである。
四、控訴人は、細民であつて、闇ブローカーを本業とし或は闇商賣で儲けたアブリ金の攻勢に対抗するには余りに弱い社会人である。昭和二十二年の暮に本件家屋が八万円で賣りに出たと聞いた際も手が出せず、追いつめられて前記のように本件家屋及びその敷地を買受けたものである。目下弘前市内で借家問題で苦しんでいる借家人階級に対し、闇に膨張した成金輩が手に余る紙幣束を手にして貸家を買いあさり、借家人を追いまくるとしたならば、正に借家人階級の大脅威であり、一大社会問題である。かりに、被控訴人は控訴人の履行遅滞により大損害を受けたとしても、金二十万円で買つた土地家屋がその一部二十七万円で轉賣されその他に本件家屋を所有する結果となり合算して四十四万円の收入となり僅々数ケ月で資本の二倍以上の利益を得ることになり、それが平和な細民階級の生活を脅威することになつているのである。旧來の所有権絶対思想は排斥しなければならない。控訴人は弘前無盡株式会社から融資を受ける目的の下に昭和二十三年十月一日二十万円の無盡に加入し第一回掛金を済ました外登記料約七千円及び印鑑とも弘前無盡株式会社に預けてあるので資金出來次第代金の支拂ができるのである。以上の次第であるから本訴請求に應じ難い。
というのである。
<立証省略>
三、理 由
被控訴人が昭和二十二年十二月訴外西沢茂夫から原判決主文第一項掲記の建物(本件建物)をこれに隣接する他の建物と共に買い受けたことは、弁論の全趣旨により認められ、被控訴人が昭和二十三年六月二十五日控訴人に対し本件建物をその敷地とともに代金十七万円で賣り渡すことを約し、その所有権移轉登記手続は同年七月二日代金支拂と同時に爲すことと定めたこと及び控訴人が本件建物に居住していることは当事者間に爭のないところである。
而して控訴人の本件建物の占有が不法であるかどうかについて審案するに、当審証人大高敬三の証言及び同証言によつて全部眞正に成立したものと認める甲第一乃至第四号証、甲第五号証の一、二甲第八号証を綜合すれば、控訴人は、右賣買の成立約一ケ月前被控訴人に無断で本件建物を勝手に占有居住するに至つたものであるが、交渉の結果前記のように本件賣買契約が成立したので、被控訴人は、右賣買の履行期にその登記の準備をして所轄登記所(当時青森司法事務局弘前出張所、以下同じ)に出頭したが、控訴人は出頭せず代金も支拂わなかつたので、被控訴人は、同年八月下旬控訴人に対し同年九月六日までに登記と同時に右代金を支拂うべく、もし履行しないときは右賣買契約を解除する旨の停止條件附契約解除の意思表示を爲したが、控訴人は猶予を願つて來ながらその後も代金の支拂をしなかつたので、被控訴人は更に同年九月十四日内容証明郵便で前同様催告及び同月二十日までに履行しないときは右契約を解除する旨の停止條件附契約解除の意思表示を発しその頃右郵便は控訴人に到達し、被控訴人は右期間内殊に同月二十日には所有権移轉登記の手続書類を持つて所轄登記所に出頭し退廳時の午後四時まで控訴人の出頭するのを待つていたが、控訴人は同所に來なかつたばかりでなく同日までに代金の支拂をしなかつたことを認めることができ、右履行の催告に定められた期間は相当であるから、本件賣買契約は、右九月二十日の経過により適法有効に解除されたものといわなければならない。
しかるに、右認定のように控訴人は被控訴人に無断勝手に本件家屋を占有しこれに居住するに至つたものであるから、不法に占有したものといわなければならない。尤も右不法占拠を始めた後に本件賣買契約が成立したものであること前記のとおりであるが、前記認定のような事情で控訴人が代金債務不履行のため本件賣買契約の解除となつたものであるから、控訴人の不法占有が適法占有に変つたものということはできない。元來住家の賣買を爲した際は、代金債務の履行があつた後に住家の引渡、登記が行わるるのが普通であつて、代金支払前その引渡を爲す場合には特別の事情がなくてはならないのである。家屋の所有者が本件のようにその家屋の不法占有者との間において、その家屋の賣買をなした場合においては、特段の事情がない限り賣買契約の履行完了した後において始めて、その不法占有が適法占有に変るものと解するのを当事者の意思に適した妥当の解釈といわなければならない。本件においては、控訴人は前記認定に反する事実について何等立証を爲さないので右不法占拠の当初から現在まで引き続いて本件家屋の不法占拠を爲しているものというの外はないので、被控訴人に対しこれが引渡を爲すべき義務があるのである。
控訴人は、借家人保護に関連していろいろ主張してやまないけれども、一旦適法に占有を開始した一般借家人の場合と、本件のように最初から不法占拠が継続されている場合とは同様に論断することはできないから、控訴人のこの点の主張は、すべていわれないものである。
よつて本件家屋の明渡を求める被控訴人の請求は理由があるので、これを認容すべく、これと同旨に出でた原判決相当であるから、民事訴訟法第三百八十四條により本件控訴を棄却し、訴訟費用につき同法第九十五條、第八十九條、仮執行の宣言につき同法第百九十六條を各適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 百武一 村上武 浜辺信義)